まんべくんの戦略と2010年を振り返って

さて、続きですが、

それから少し時間もかかりましたし細かいことは省略しますが、

いろいろ役場の方にプレゼンして協力してやっていきましょうということでスタートしました。

(役場とは金銭的な契約は一切無く、すべてうちの自腹です。←一応誤解があるといけないので記載)

 

まんべくんの企画・戦略を考える上で一番その根本に考えていたことは、

ぼくも最初に笑ってしまった異様なインパクトとそこから生まれる笑いです。

ぼくもこうハマってすごく笑ったことをいろんな方とこの笑いを共有したいと純粋に思いました。

この笑いで一人でも笑ってくれる方が増えてハマってくれたらありがたいなと。

由利徹さんのオシャマンベとかビートたけしさんがやったりしてくれてるのでギャグの知名度っていうのは残るのでこの笑いと地域振興の融合ができれば素敵だなぁと考えてました。

 

とりあえずキャラクタービジネスはじめましたって言っても右も左もわからないことばかりの時期で、ゆるキャラ協会に加盟して初めてのイベント出演が2010年6月12、13日のYOSAKOIのTV塔でゆるキャラ大集合的なイベントでした。

コアックマ、ていぬ、あと何か忘れましたが他のキャラクターがすごくかわいく見えて、まんべくんが「可愛さなら負けてしまう」と少し不安になりました。

まんべさんともその場で相談して、可愛さなら負けてしまうから、他のキャラクターには真似できないことをしよう。目の前の一人でもいいから笑わせて脳裏に焼き付けよう(洗脳)という戦法をとりました。他のゆるキャラが休んでる中、休憩もとらないでまんべさんだけいるみたいな状況をバンバン作りましたね。当然ながら手応えなんてありません。

でも他のゆるキャラからは、「とっくにゆるキャラとしての限界を超えている!何者なんだあいつらは」と周囲をザワつかせることには成功しまして、二日間とても暑い日を完走しました。

 

それからHPを作り、ブログも作り、4ヶ月後の10/10に彦根のゆるキャラまつりの札幌での決起集会が駅地下のAPIAでありました。

その時に、家族連れのお父さんが携帯の待受がまんべくんの写真だったんです。

なんか司会の人に「俺の携帯の待受まんべくんだよー」ってアピールしてました。

 

...ぼくはものすごい感動しました。

 

これが長万部の町民ならまだそんなに感動はしませんが、札幌の都会でまんべくんハマってくれる人がいるんだって...あんたの故郷のゆるキャラじゃないだろっと突っ込みたくなるような驚きもあり、

何か奇跡のように感じて、これで確信しました。

必ず目の前の一人をターゲットにして笑わせようと。

この瞬間に、方針が決まりぼくも改めて腹が決まりました。

 

数日後、10/16にTwitterをはじめ、

10/23、24日に彦根のゆるキャラ祭りへ。めちゃくちゃなカニサンバを披露し、その破天荒ぶりをananが取り上げてくれる(感謝)。


ゆるキャラまつりin彦根 まんべくんカニサンバ

帰ってきてからはゲリラとかやってました。

 

そして12月、転機となったのが、第1回目札幌まんべ会。

経緯は、ファンから突然飲み会に来て欲しいというオファーがあり、ぼくも飲み会にまんべくんがいるなんてどんな雰囲気が醸し出せるか楽しみで快諾し、ファンからお金をとるわけにはいかないということでファンの飲み会の中にまんべくんを出しました。

何曲か踊らせてあとはイチャイチャして終わりっていう感じで、そこまでクオリティには凝ってない時期でした。

最後の方にファンの方がまんべくんのサインが欲しいということで、まんべくんが持てるようにマジックを改造して、赤いガムテープでそれを固定。これはいいなとアイディアをいただいてサイン終わりました。 

ビュッフェ食べ放題、飲み放題というスタイルのまんべ会を後日もう一回やって、その反響がすごくてライブ形式のまんべ会へ発展していきます。

なのでこの一番最初のまんべ会は今でも本当に感謝していますし、今はぼくもその方々とはちょっと疎遠になってしまったんですが、お会いできる機会があったら本当に心から感謝を伝えたいと思ってます。(連絡ください。)

 

そんなこんなで2010年が終わったんですが、ぼくらは本当にスタートから1年目は、ガムシャラでとにかく必死でした。

ぼくも今よりもっと人見知りが激しかったし、とにかく型を破ろう、どこにもできないこと、誰もしないことをやっていこうっていう考えだったので、ぼくらの予期してないところでファンの方を傷つけてしまってたかもしれないです。すみません。

 

では続きはまた後で。

(まだまだ続きます。連載中です。)