まんべくんを続けられない理由

多くの方から「なぜ、まんべくんを続けられないのか?」という問い合わせが多数寄せられましたので、説明をしたいと思います。

 

まずは、12/15に発売された雑誌「月刊クオリティ」にも詳しく書いてありますが、

長万部町役場の組織的な体質、不誠実な対応に対して企業として付き合っていく事が不可能となった」というのが大きな理由のひとつです。

その概要は、イベントにおいてまんべくんグッズを販売する際、弊社ではなくまんべくん事業協会(以下、事業協会)が販売を行いました。事業協会側は一切の在庫リスクを抱えることはなく、実際に売れた分のみの売上から弊社が事業協会に35%を支払っておりました。しかし、その収支の報告を長万部町は議会に対し「売上も利益も無い」と虚偽の答弁をしました。約75万円にのぼった事業協会の売上金は隠蔽され、弊社が支払ったお金が一切無いことにされてしまったのです。

では、この収支報告も行われていない売上金は一体どこにいってしまったのでしょう?なんらかのプール金(裏金?)になっているのか?それともたとえ収支報告がなされていたとしても、その会計処理方法そのものに問題があるように思います。売上がきちんと計上されなければ脱税になってしまいますよね?

またこの一連の流れについて、町は各メディアの取材においても「弊社との金銭のやり取りは無い」と答えています。

 

イベントで事業協会が実際に販売を行っていたことを町議会議員も把握していたにも関わらず、議員による議会での事実追求が殆ど行われていないことが不思議でなりません。

それは弊社に対する何らかの反対意志なのか、それとも別の意図的な画策なのか。役場と議員の間にも何らかの馴れ合いや繋がりを疑わざるを得ません。

なぜなら、皆様もご周知のとおり、実際に現在まんべくんの運営をしているのは観光協会であり、その会長は町議会議員なのですから。

 

話は変わり、昨年の炎上問題以降、町長からは「エム社にやらせないとまんべくんは終わってしまうから、何とかしたいと考えているから少しだけ待っててくれ。」と一年間の間、何度もおっしゃっていただきました。

その言葉がどれだけ我々にとって心強かったか、期待、希望の光であったか。どんな困難や障害があっても、そうやって言っていただけただけで救われる。そんな気がしていました。

しかし、今年の9月、役場にて町長と面談した際、「俺は関わってないからよく判らない。あとは担当と話し合ってくれ。」と言われました。残念ながら、町長の調整や決断によっての解決の望みが絶たれた瞬間でした。

それならばと、その後担当者ともいろいろと話し合いましたが、その話の中において「今までの(エム社の)実績は、実績として一切認めない」と言われました。

 

ここで熱心なファンの方から私の元に、こんな記事が寄せられました。

【まんべくんの件について長万部町役場にインタビューしてみた】

http://d.hatena.ne.jp/manbenomirai/20121216/1355672355

 

今までの実績は認めないと言っておきながら、弊社が築いてきたもの、ファンへの対応までもことごとく真似しようとする姿勢。

行政が企業のやってきたことをそっくりそのまま模倣して(パクって)やろうという考え。これは異常ですよね。

しかも、現在はまんべくんの運営は町から観光協会に委託となっているのにも関わらず、実質上は役場の担当職員が主導し運営してるような状態なのですから。

 

まんべくん復活についての請願のために役場に行けば、「委託してるんだから観光協会と話し合ってくれ」と言われ、ならばと観光協会に行けば「ウチだけでは決められない。委託元の役場と話し合わなければ」と言われてしまう典型的なたらい回し。しかも、いつまでも案件を保留にされる状態で全く事態は進みませんし解決しません。

 

【第3次 長万部町まちづくり総合計画】

http://bit.ly/XJ1WZT (PDF)

 

 この総合計画2頁目に、

 「歴史ある輝くふれあいの郷土で地域力向上をめざし、人づくりなどの教育に力を入れ、町民みんなで連携・協力して支え合い、一皮むけたおしゃまんべをつくっていくことをイメージしています」とあるように、そういうモラルをもった行政かと言えば現実は全くそうではありません。

 

結局、過疎の進む長万部町をなんとかしようとしてきた我々の良心を都合のいいところばかり利用されてしまったような思いです。弊社の取り組みは、長万部町を愛していたからこそでした。「まんべくん」で本当に町を盛り上げて行きたいという気持ちでいっぱいでした。でも、結局このような形で終結となってしまうのは不本意ですし残念でなりません。私自身、出身であるにも関わらず故郷から追い出されたというようなそんな気持ちにもなってしまいます。

 

これが長万部町から弊社への対応のすべてです。

 

行政の対応は酷すぎますが、長万部町でお世話になった方々には心から感謝と御礼を申し上げますとともに、引き続き弊社としてもできる限りの応援を勝手にしていきたい気持ちでおります。

【ファンのみなさまへ】今後のまんべくん@manbe_kunGTアカウントについて。

ファンのみなさまへ。

いつも応援していただき本当にありがとうございます。

時間がかかってしまいましたが、弊社で運営しているまんべくんのアカウント@manbe_kunGTの今後につきまして発表させていただきます。

 

思えば、弊社が運営を行なってきて約2年間、人とのふれあい、ファンの人のありがたさ大切さを日々深めてこれたように感じております。

それは我々企業として事業という枠を超え、愛というかなんというのが適切なのか考えてしまいますがそれに似たような感情を抱いて、日々Twitter上ならびに実際のイベントでも多くの方と接し、既存のキャラクタービジネスという概念をいい意味で打ち崩した新しいカタチを、まんべくんとそしてみなさんと築いてこれたんじゃないかと思っております。

みなさんにどれだけの感謝の言葉を述べても足りないほど筆舌には尽くしがたい想いです。

本当にありがとうございます。

 

今後弊社で運営をしている「まんべくん@manbe_kunGT」のアカウントにつきまして、

前にもお伝えしましたが、諸事情により、これ以上「まんべくん」として継続をすることが困難になりました。

しかしながら、その@manbe_kunGTアカウントの重要性、ファンのみなさまとのコミュケーションというのは、みなさまにとって家族のような、また友人のような、かけがいのない存在であると思っております。

 

 

↓動画をご覧ください。(※音は出ません。)

 

 

 

 

 

 

動画でもご紹介しましたが、アカウント名を変更しフォロワー等は移行させ、函館という新たな地にて再始動させたいと思っております。 

我々北海道にある企業として、地域貢献、北海道を盛り上げていきたいという目標をこれからも歩んでいきたい。

まんべくんでは成し得なかった実現できなかった数多くのこと、また我々のキャラクターの概念を打ち壊すアイディア・企画力、そして一言多く後先を考えない行動力...

 

みなさまと作り上げ成長させていく喜びを噛み締めながら、ファンのみなさまの予想を裏切り期待に応え、楽しみのその先に我々ができる限りの社会貢献ができたらと思っております。

 

今後とも、ご声援ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

 

また詳細につきましては後日告知させていただきます。

1年前の5月にぼくが町の担当者へ送ったメール文

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◯◯さま

お世話になります。

長万部でというメリットもありますが、
本当にファンの方々のお力添えだと思っております。


グッズに限らず、まんべくんかにめしも即完売と聞いております。
これから経済効果を他の分野へ波及させていかなくてはいけないと思っておりますので、
そのためには、町、商工会、観光協会の更なる連携が必要不可欠になってきます。

先日の商工会ですが、あの方々ではかにまつり自体を盛り上げるのは不可能だと思います。
観光協会も然りです。
これでは何年経っても同じことの繰り返しで、新たなアイディアを生み出すことはできません。

私としてはここ2年が長万部町の勝負になってくると感じています。
しかし、コネクションやネットワークの構築だけで何もできずに2年なんてあっという間に過ぎそうな気配です。
町、商工会、観光協会が主催するすべてのイベントの質向上を切実に訴えていきたいです。
せっかくのまんべくん効果がアイディアの無さで消されていくようです。
本当に問題に直面してます。

ということで、以下は私の企んでいることなのでみなさんには内緒にしていただきたいのですが、
町、商工会、観光協会で主催するすべてのイベントを私が企画運営をするように動いていきたい。
イベントにかかる予算は私ですべて管理し、もしイベントが不成功となった場合は予算全額返金する形をとりたいと思います。
そうすれば私は確実に与えられた予算の範囲内で今まで以上のことを実施し、
プロモーション集客経済効果に至るところをこれまでの2~5倍程度の水準にまで出来ると思います。特にプロモーションの部分においては自信があります。
もっと長万部を知ってもらえる、人を呼べる。+長万部産業そのものの質向上も計っていきたい。
3年や5年じゃ遅いんです。2年です!
残り2年で達成させたい。



GW
明けは、ちょっと波音立てようと思ってます。
今年のかにまつりとかは仕方ありませんが、来年は私が企画したいです。
例えこの私の案に、各団体が難色を示したとしても十分なインパクトを与える事ができます。
それでよしです。

私はもっと町にインパクトを与える方法を常に模索してます。
すべては長万部町のため、企業のため、町民のためです。
どんな手段でもとります。

いろいろとご相談やご報告させていただきます。
今後ともよろしくお願い致します。

 

 

...ちょっと乱暴だけどすごく切羽詰った感じ出したんですけどね。

自分が熱すぎて少し引きますね。

大阪まんべ会とおしゃまんべ毛がにまつり2011

ではまたいろいろ振り返りながら続きを書いていきます。

 

東京まんべ会が終わってすごい忙しくなった。

ゆるキャラで単独ライブをやるなんてきっと前代未聞だったし、それがシュール過ぎるけど5時間でソールドアウトっていうインパクトがメディアには相当ウケた。

ことあるごとにプレスリリースを送付してメディアへのブランディングを怠らなかった。

それがすごく効果が高い。

 

ただ派手なことをやっただけでは部屋の模様替えをしたのと同じで、誰にも知られることがないまま自分だけが満足して終わってしまう。それをきちっとメディアを活用してプレスリリースをすることでメディアが取り上げる可能性が高くなり、自分の部屋が模様替えしたことを周知させることが可能になってくる。

それが珍しかったり、ド肝を抜くようなことであれば”ナ◯コレ珍百景”に出る可能性もといった感じです。

そういうのはぼくらの努力や企画の打ち出し方にもあるけど、ファンの方のクチコミが追い風になるのは言うまでもないことなので、こういうところでもみなさんに感謝です。

 

話が脱線しましたが、2011年6月5日の大阪まんべ会。

前の日は大阪駅前、道頓堀のゲリラして翌日、

これが最初で最後の2部構成だったけど、とにかく大変だった。

ボランティアスタッフの方も相当疲れたと思う。(本当こき使ってすみません。ありがとう)

ここではじめてゴールデンボンバーさんの女々しくてをパ◯って披露しました。


【まんべくん】 ゴールデンボンバー/女々しくて 【大阪まんべ会 1部】

 

この腕の不自由さが何度見てもたまらない...

とてもシュールですが、お客さんは撮影に夢中で盛り上がってはいない。

きっとみなさん撮ったのを後で何度も見直したりしてるんだろうなと...。

 

毎回課題があるんですが、大阪では会場が少し広かった(縦長)ため、東京まんべ会のような空間までとはいかなかったけど、本当にいい体験ができました。

来て下さったみなさん本当にありがとうございました。スタッフの方も本当にありがとうございました。すごく助かりました。

 

大阪から帰ってくると

おしゃまんべ毛がにまつりがすぐに待ってて、とてもぼくらは緊張していた。

今までぼくらがライブでやってきたことを毛がにまつりのコンテンツとしてステージができることが何より嬉しかったし、町民はどういう反応をするのだろうかと。(交渉は大変だったと記憶してます。)

 

また、これまで札幌・東京・大阪と町外でやってきたことが、本場の長万部でどれだけのことができるか集大成をぼくらは見せなきゃいけない。

また不便な地へ来ていただく意味、飛行機で来るファンの方、遠方から3時間かけて来る方に、

「おしゃまんべの毛がにまつりに来た甲斐があった」と思っていただけるイベントにしないといけなかった。来てくださるファンの方々が(いろんな意味で)とても期待してることもわかってたし、ファンの期待を越えられないとわざわざ長万部まで来ていただいたみなさんの好意を、ぼくらが踏みにじるように思われるんじゃないかとかなりのプレッシャーを感じてた。

 

来ていただくからには、長万部でしか見れないもの、感じることができないもの、そういう価値が無いといけない。

グッズ販売、ステージはもちろんだけど、そのために、たこ焼きのタコの代わりに毛ガニ(かなやさんのかにめしの具)とホタテを入れた”まんべ焼き”を考案。6個350円。原価率90%超という鬱商品を販売しました。(かにめしとかタイガ飯店とか他の出店者さんも飲食を提供してますが、新おしゃまんべなるものも打ち出したかった。)

 

↓これがその”まんべ焼き”の写真

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銀だこくらいの大きさです。

 

繰り返しになるかもしれないけど、ただまんべくんが突っ立ているだけ、手を振っているだけでは、ぼくらの目指すファンとの融合による空間にはならない。それをライブハウスではなく、それよりも規模の大きい公園ステージで作らなければならないのですごく苦悩した日々でした。

 

今振り返って思うと、2011年の毛がにまつりで、

今までやってきた集大成の他にプラスαの要素がここで初めて生まれて、

”身体(長万部来たなって)で感じ、口(まんべ焼き)で味わい、目(ステージ)で楽しむ”

という、すべては揃ってませんが五感に訴えれるコンテンツが長万部で実現したんだなと。

 


【まんべくん】カニサンバ 2011.6.26 (V)(๑◉∀◉๑)(V)

 

...頭のピョコピョコがたまらない

 

 

結果、町民の反応は...

 

年配層「なんだあれ?」

若い層「なんか変なことしてる...」

子供「ポカーン...」

 

でしたが、ぼくらはそれなりにファンに向けて手応えを感じたイベントになりました。

来場者数もその前の年は1万3000人くらいだったものが、その時は1万8000人になりました。(正確ではないと思います。)

来ていただいたファンの方々ありがとうございました。

乱文すみません。

 

 

続きはまた。

(連載中です。)

東京まんべ会、ファンのみなさんに感謝

前の記事の続きです。

2回の札幌まんべ会(ビュッフェスタイル形式)を終え、来られた方もそうなのかもしれないけど、とにかく反響がすごかった。すごすぎました。

Twitter上でも

「東京でやってくれ」

「大阪きてええええ」

「まんべ会ってなんぞwww」

って声がものすごい。

 

やってくれって言われて叶えたいけど、そのやり方がやったことないからわからない。

でも札幌まんべ会の応用というか、音楽さえかけられるならどこでもできる感じではあったのでやることに決めました。

 

一番はお金の問題。

会場の費用だけでも都内なら20万はかかる。そしてぼくらの(2人)の旅費がざっくりと飛行機往復6万円+東横イン2泊2万円が最低でも。

28万円をどうやってペイするか。しかも初めてのことでどうなるかわからないことだらけですごい怖かったのを覚えている。

ロフトプラスワンの方と電話で話し合ってまずはチケット代の設定云々に。

「だいたい2500円〜3500円くらいで設定されるのが多いです」とのことで、では2000円でと、チケット代は2000円にして人数を150人に設定。

全部売れても30万円でローソンチケットの手数料考えると26万くらいの売上予想。

チケット売れなかったら楽に死ねる感じでした。

 

この価格設定なんですが、

やるからにはまた次その次とお客さんが来られる妥当な金額に設定したかった。

そこのラインっていうのが映画なんじゃないかなと。

ハリーポッターやスパイダーマンには絶対負けてしまうけど、

ファンの方に特別な1日を作ることができて映画よりも気安く来れるようにこの価格にしました。

その後の大阪まんべ会は1日2部公演だったので1300円。

さすがに大阪の時はまんべさんも死にそうになってました...

 

話は戻って東京まんべ会ですが、

チケット発売になって5時間で売り切れた。

半分くらいしか売れないんじゃないかと思ってたのが...

売れて嬉しいのと同時に、ステージをどうするか尺をどう持たせるのか苦悩する日々のはじまりへ。

 

その矢先に東北の大震災がありました。

計画停電の影響があるかもしれなかったんですが、

ロフトプラスワンさんも背中を押してくださって、

ここは自粛しないで攻めようと開催を決意。

とりあえず7.8曲編集したりして打ち合わせなしでもうどうにでもなれと思って2人で上京しました。

 

2011年4月2日当日、ボランティアさんにも手伝っていただき、

グッズを並べてるだけでもう開場の時間に...

(もっと時間があると思ってました。)

そして本当に150人来た。メディアも合わせると160人ほど。

ぼくらは控え室でガチガチに緊張して震えてる...

完全に間違った。甘かったと思い知らされた。

もう謝るしかないと思ってたw

もうまんべ会やらないで帰りたいくらいでした。

 

いざ開演して、挨拶してまんべくんスタート!

AKB「会いたかった」ってはじまりました。

あとはイチャイチャタイムなどをはさみつつ、7曲くらいの音楽に合わせたり

少しエピソードを話たりして終わったと思います。

ここで初めてまんべくんもカニサンバを完全に習得して挑んでましたが完全グダグダですみません。

 

でもすごかったのは、ファンの方。

みんなまんべくんのことが好きだから、ひとつの空間(ライブハウス)にいても興味ない的な雰囲気を出す人が一人もいない!一人もいないんです!

好きっていうより、もう愛しちゃってる!

なので、その空間が本当になんとも言えない居心地のいい雰囲気になってて、ずっとこうしていたい、このままでいたいって思わせる空気が作り上げられてた。帰りたくない感じになっていました。

まんべくんもだけど、このファンでなければ生まれない空間ができたと本当に感動です。

ファンとボランティアスタッフの方とロフトプラスワンのスタッフの方そしてぼくら。

ある意味究極的なライブを奇跡的にできました。

来て下さったみなさん本当にみなさんありがとう。スタッフもボランティアでこき使っちゃってホントごめんなさい。それ以上にありがとう。

また是非お会いしたいです。

 

こんな感じで、ぼくらも貴重な経験をさせてもらいながら、

こういう空間をファンと作り上げることができるんだとすごい勉強になりました。

ここからその後まんべ会だけではなく、イベントでのステージでもこうした一体感、雰囲気っていうのはものすごい大切にして企画していくことになります。

ファンじゃない人が見たら「あれは宗教ですか」って思うかもしれないけど、それでいいんだと思いますw

 

”異様なインパクトとそこから生まれる笑い”に”ファンが作り上げる一体感と空間”がテーマとして追加されていきました。

そしてぼく自身も、まんべくんとしてキャラクターの先というのも朧気ながら見えてきましたし、その延長線上に長万部への恩恵があるのだと思ってました。

実際に長万部には2010年12月頃から観光客が増えてきて、まんべくんを通じて間接的に長万部の知名度を向上させることにほんの少しづつ実を結んでいったように思います。

またその頃あたりからぼくは観光客増加もそうですが、長万部の人口増加を将来のビジョンに入れて企業誘致をどうやってやればいいのか考えだしていたと思います。

 

なんか振り返りすぎてしまいまして、どこを省略していいのやら雑な文章になってしまいましたが、東京まんべ会あたりはこんな感じの心境でした。

細かく書くとブログでは書ききれないので短いダイジェスト版みたいなものだと思ってください。

乱文すみません。

 

では続きはまた。

(連載中です。)

まんべくんの戦略と2010年を振り返って

さて、続きですが、

それから少し時間もかかりましたし細かいことは省略しますが、

いろいろ役場の方にプレゼンして協力してやっていきましょうということでスタートしました。

(役場とは金銭的な契約は一切無く、すべてうちの自腹です。←一応誤解があるといけないので記載)

 

まんべくんの企画・戦略を考える上で一番その根本に考えていたことは、

ぼくも最初に笑ってしまった異様なインパクトとそこから生まれる笑いです。

ぼくもこうハマってすごく笑ったことをいろんな方とこの笑いを共有したいと純粋に思いました。

この笑いで一人でも笑ってくれる方が増えてハマってくれたらありがたいなと。

由利徹さんのオシャマンベとかビートたけしさんがやったりしてくれてるのでギャグの知名度っていうのは残るのでこの笑いと地域振興の融合ができれば素敵だなぁと考えてました。

 

とりあえずキャラクタービジネスはじめましたって言っても右も左もわからないことばかりの時期で、ゆるキャラ協会に加盟して初めてのイベント出演が2010年6月12、13日のYOSAKOIのTV塔でゆるキャラ大集合的なイベントでした。

コアックマ、ていぬ、あと何か忘れましたが他のキャラクターがすごくかわいく見えて、まんべくんが「可愛さなら負けてしまう」と少し不安になりました。

まんべさんともその場で相談して、可愛さなら負けてしまうから、他のキャラクターには真似できないことをしよう。目の前の一人でもいいから笑わせて脳裏に焼き付けよう(洗脳)という戦法をとりました。他のゆるキャラが休んでる中、休憩もとらないでまんべさんだけいるみたいな状況をバンバン作りましたね。当然ながら手応えなんてありません。

でも他のゆるキャラからは、「とっくにゆるキャラとしての限界を超えている!何者なんだあいつらは」と周囲をザワつかせることには成功しまして、二日間とても暑い日を完走しました。

 

それからHPを作り、ブログも作り、4ヶ月後の10/10に彦根のゆるキャラまつりの札幌での決起集会が駅地下のAPIAでありました。

その時に、家族連れのお父さんが携帯の待受がまんべくんの写真だったんです。

なんか司会の人に「俺の携帯の待受まんべくんだよー」ってアピールしてました。

 

...ぼくはものすごい感動しました。

 

これが長万部の町民ならまだそんなに感動はしませんが、札幌の都会でまんべくんハマってくれる人がいるんだって...あんたの故郷のゆるキャラじゃないだろっと突っ込みたくなるような驚きもあり、

何か奇跡のように感じて、これで確信しました。

必ず目の前の一人をターゲットにして笑わせようと。

この瞬間に、方針が決まりぼくも改めて腹が決まりました。

 

数日後、10/16にTwitterをはじめ、

10/23、24日に彦根のゆるキャラ祭りへ。めちゃくちゃなカニサンバを披露し、その破天荒ぶりをananが取り上げてくれる(感謝)。


ゆるキャラまつりin彦根 まんべくんカニサンバ

帰ってきてからはゲリラとかやってました。

 

そして12月、転機となったのが、第1回目札幌まんべ会。

経緯は、ファンから突然飲み会に来て欲しいというオファーがあり、ぼくも飲み会にまんべくんがいるなんてどんな雰囲気が醸し出せるか楽しみで快諾し、ファンからお金をとるわけにはいかないということでファンの飲み会の中にまんべくんを出しました。

何曲か踊らせてあとはイチャイチャして終わりっていう感じで、そこまでクオリティには凝ってない時期でした。

最後の方にファンの方がまんべくんのサインが欲しいということで、まんべくんが持てるようにマジックを改造して、赤いガムテープでそれを固定。これはいいなとアイディアをいただいてサイン終わりました。 

ビュッフェ食べ放題、飲み放題というスタイルのまんべ会を後日もう一回やって、その反響がすごくてライブ形式のまんべ会へ発展していきます。

なのでこの一番最初のまんべ会は今でも本当に感謝していますし、今はぼくもその方々とはちょっと疎遠になってしまったんですが、お会いできる機会があったら本当に心から感謝を伝えたいと思ってます。(連絡ください。)

 

そんなこんなで2010年が終わったんですが、ぼくらは本当にスタートから1年目は、ガムシャラでとにかく必死でした。

ぼくも今よりもっと人見知りが激しかったし、とにかく型を破ろう、どこにもできないこと、誰もしないことをやっていこうっていう考えだったので、ぼくらの予期してないところでファンの方を傷つけてしまってたかもしれないです。すみません。

 

では続きはまた後で。

(まだまだ続きます。連載中です。)

まんべくんとぼくの出会い

ちょうど今から3年前、ぼくはまんべくんと出会いました。

出会うといっても直接会ったわけではなくて、

札幌のオータムフェストで兄がまんべくんを目撃して

「何かわかんないけどwまんべくん超ウケるwww」

って電話がぼくにかかってきて。

 

長万部のまんべくん?まんべくんってそのままだし、そんなギャグみたいなことを長万部がやるわけないじゃん」

って言いながらネットで検索してみると、いたw

振り返ればそこでぼくはもう堕ちていたんだと思う。

それからずっとハマって検索しては吹いて、兄と電話でクスクスと1週間くらい笑ってました。

「なんでこんなギャグみたいなキャラがもっと有名にならないのか」笑った後にそんな考えも生まれて真剣に考えるようになって、町の地域活性化に生かせるんじゃないかと思ったのがきっかけです。

 

 

当時のぼくは青華堂(実家)という菓子屋で働いてて、その時は、空港や土産問屋さんがメインで札幌や函館などいろいろな地方に土産物の菓子を作って商売にしてました。

もっと前だいたい2003年くらいは長万部にある物産センター、かに市場、ドライブインかなやさんには、毎日のように観光バスのトイレ休憩や食事でかなりの数のバスが来ててそれをターゲットに商売もできていた。

今も観光バスは来るけど、もう当時の1/10くらいも来てないんじゃないかと思います。

そんな圧倒的な観光客減をぼくは指をくわえて見てるだけでした。

 

そんな状況があったからこそ、何か燃えて何とかしたいと考えるようになったと思います。

まんべくんを有名にすれば、町の知名度は上がり、観光客は増えて、青華堂もそうだけどかなやさんなどのドライブインにも恩恵はあるし、宿泊も増えて旅館にも恩恵が生まれ、泊まれば飲食店にも恩恵がある。 

ぼくも商売をするけど、長万部町にとってもいいことだし、長万部の事業者さんにも恩恵があるならぼくにとってこんなに嬉しいことはないし、それで幸せだと思ってました。

 

(また後で続き書きます。連載の予定です。)